74歳スマホレディ ママたちの自己紹介

74歳スマホレディの生い立ち

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はじめまして、

もう74歳になってしまいました。

いつまでも若いと思っていましたが

気が付いたら、あれ?

わたくしは74歳?

いつの間に74歳になったのでしょう?

 

 

友達に聞いてみましたら

皆様、同じように感じていらっしゃるようです。

 

 

何で、スマホレディかって?

 

スマホが日本に入ってきた年に

友人に連れて行かれた、新宿だったっけ?

忘れちゃったけど、

まだ一般に売られてない時、

紹介で買える時にスマホを購入しました。

しかし、その時は

半年くらいほったらかしにしていました。

 

そんな先端を行ってた

わたくしの生まれは

満州は牡丹江市

牡丹江

 

その当時は市ではなかったようです。

 

そう。終戦の前の年に生まれたのです。

終戦を迎えて、

引き揚げ者の仲間と一緒に

船が出る港まで行く道中が

それはそれは悲惨だったようです。

 

女性は男の服を着て顔に泥を塗り、

黒くして隠れながら歩いたそうです。

 

ロシア兵が来ると

「ロスケがきたぞ~~!」

「ロスケが来たゾ~~!」

 

と合図の声が聞こえ

みんなは素早く、しげみや岩陰などに

隠れたそうです。

 

わたくしは赤ん坊なのに

おびえた顔をして泣いていても

さっと 泣きやんだそうです。

 

見つかると女性はロシア兵達の慰み者になって

傷つけられたり、亡くなった方もいたそうです。

 

流れる星は生きている

 

私が子供の頃、

そんな引き揚げる時の話を

よく聞かされてました。

 

高校生になって、ある本を見つけました。

それは「流れる星は生きている」

という引き揚げ者の記録のような本でした。

流れる星は

 

わたくしはその本を読みながら

涙で本が読めなくなるくらい泣きました。

 

そんなすっごい苦労をして

連れて帰ってくれた母や祖母に

とても感謝しています、

 

その当時わたしくは高熱を出しており

熱は下がらず、火の玉のように熱かったそうですが

そのあっついわたくし(赤ん坊)

を背中に括り付けて

ずっと歩いてくれたのは祖母だそうです。

 

食べるものは当然なく、

お乳もでないので

いつも「こうりゃん」というのをゆでで

その上澄みを飲んでいたそうです。

 

そのこうりゃんは時には

中国人がくださったそうです。

中国の方には結構親切にしていただいたと

言っておりました。

 

一緒に引き上げてる仲間の人たちに

わたくしのことを、そんなに高熱を出しているのなら

帰るまで持たないでしょうから

中国人にあげなさい。

と言われたそうです。

 

しかし、

母は絶対に連れて帰ると言って

母、祖母ともに頑張って連れて帰ってくださいました。

 

おかげ様で私は日本で暮らせています。

父はというと満軍だったので

シベリアに抑留されていました。

 

なので、母の苦労はいかほどか、

本当に頭が下がります。

 

父は父でシベリアに抑留されて

何年か帰ってこれませんでした。

 

 

帰ってきて、母が戦争の話はするけれど

父は一切シベリアでの話はしませんでした。

 

わたくしが聞いても話してくれませんでした。

よほどつらいことがあったかも知れません。

 

いまは父。母 祖母、天国に召されましたが

今でもありがとう、と感謝しています。

 

そんな私もママになったときもありました。

もう かわいくてかわいくて、

 

あんなにかわいく思えるのは自分の子を持つまで

わからない感情でした。

 

その子たちもみんな結婚して幸せに

暮らしています。

 

私はというと、その子たちの父親とは離婚しまして

離婚の理由はいろいろあります。

離婚するって3つも4つも原因があり

どうしても許せないことがあったとき

行動に移すことになります。

 

この時は結婚よりも

離婚のほうが難しいと思いました。

 

それから10年ほどして再婚しましたが

この人が末っ子でわがままに育っていて

お付き合いしているときは優しくていい人だったのですが

 

結婚するとわがまま放題

 

わたくしは仕事をもっていましたので

夜遅くなる事が多いのですが

 

なんにもしないでテレビを見ているだけ

 

食事の支度は勿論。片付け、洗濯、掃除

 

全部私がへとへとになりながらやっていても

何も手伝ってくれず、

 

それだけならいいのですが

脱いだものは脱ぎっぱなし、

広げたものは広げたまんま、

 

稼ぎも悪く、わたくしのほうが多くて

生活費はすべて私が出し、

旅行の費用もすべて私、

 

働けど、働けどわが暮らし楽にならざむ

じっと手を見る。状態でした。

じっと手を見る

 

家はまた買えばいい

 

そんなとき夫の浮気を知りました。

その時は胸がドキッとして

心臓が破裂しそうでした。

しかし、そのことは夫に追及せず、

離婚できる時を待ちました。

 

静かにその時を待って…待って・・・

待って・・・・待って・・・・

 

その時が来た!

 

家はあげるから離婚しよう。

 

といって離婚しました。

だってその時はわたくし

「こんな家、また買えばいいわ」

と思っていましたから。

 

しかし。 それから数年、

時代は変わり

わたくしの事業も赤字が続いて

とうとう家賃も払えなくなりました。

 

そこで、元夫にお部屋一つあいてるよね

 

そこをわたくしに貸してください。

お食事の支度、洗濯、お掃除はしますので。

 

住み込みの家政婦さん雇うのはすっごく高いのよ

それをただでやってあげるので

一部屋貸してね。

 

と舞い戻り、今は居候の身

住む場所を与えてくれた元夫に感謝しつつ

借金返済をわずかな年金から支払っています。

そんな74歳熟女も一年発起して

よみがえるぞ~!!

 

だって「見つけたのですもの」

やっと 借金返済 出来ますわ。 😛

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